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福島地方裁判所白河支部 平成2年(ワ)86号 判決 1991年12月26日

主文

一、被告は原告に対し、別紙物件目録記載の土地につき、昭和三三年一月二七日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一、請求

主文と同旨

第二、事案の概要

本件は、原告が被告に対し、別紙物件目録記載の不動産(本件土地)を時効取得したとして、取得時効に基づいて本件土地につき所有権移転登記手続を求めた事件である。

一、争点

1. 原告の前々占有者岡崎功(功)が本件土地を自己の所有であると認識することに過失がなかったか。

2. 功の占有の性質は他主占有か。

3. 功の占有の性質は、功の父岡崎勇次郎(勇次郎)の死亡による相続に伴い、民法一八五条による新権原により自主占有に変化したといえるか。

二、原告の主張

1. (一〇年の時効取得)

(一)  功は昭和三三年一月二七日及び昭和四三年一月二七日に本件土地を耕作して占有していた。

(二)  功は本件土地の占有を開始するに当たり、本件土地が自己の所有に属すると認識することに過失はなかった。

(三)  昭和四七年一〇月二二日、訴外畠山金成(金成)は功から本件土地を代金九〇万円で買い受けた。

(四)  金成は昭和五一年一〇月二五日に死亡し、原告は金成の子であり、金成を相続した。

2. (二〇年の時効取得)

(一)  功は昭和三三年一月二七日に本件土地を耕作して占有していた。

(二)  前二1(三)、(四)記載のとおりの経緯で、昭和五三年一月二七日、原告は本件土地を耕作して占有していた。

3. (新権原による一〇年又は二〇年の時効取得)

(一)  功は、父勇次郎が死亡した昭和三三年一月二七日、本件土地を所有の意思をもって新たに事実上支配し占有を開始した。すなわち、功は本件土地を耕作してその収益を独占しまた本件土地の固定資産税を負担してきたのであり、この事実によると、功は、本件土地につき勇次郎から相続により承継した占有のほかに新たな固有の占有を開始し、また本件土地が勇次郎の遺産に属するものと信じていたので、その占有が所有の意思をもってされたことは明らかである。

(二)  前二の1、2項記載のとおり、一〇年又は二〇年の取得時効により、原告は本件土地の所有権を取得した。

三、被告の抗弁及び主張

1. 被告は、戦前ころからその所有の本件土地を勇次郎に賃貸していたのであり、勇次郎は農地解放を受けられる時期にも本件土地の農地解放を受けることなく被告から本件土地を賃借していた。したがって、勇次郎の本件土地に対する占有の性質は他主占有であり、功が承継した占有の性質も同じく他主占有である。

2. 功は勇次郎の死亡後本件土地を利用するようになったが、その占有は勇次郎の占有形態と変化がなく、他主占有である。

第三、裁判所の判断

一、功が勇次郎から承継した本件土地に対する占有の性質について

1.(一〇年の取得時効)

証拠(甲一の一、二、甲二の一、二、証人岡崎功、弁論の全趣旨)によれば以下の事実が認められる。

(一)  功の父勇次郎は、戦前から本件土地及び福島県西白河郡矢吹町諏訪清水一八〇番一及び同所四九五番の土地(諏訪清水の土地)を耕作して占有していたところ、昭和三三年一月二七日死亡し、勇次郎の長男であった功は勇次郎の死亡により諏訪清水の土地を相続し、本件土地を相続したものと認識していた。

(二)  功は、本件土地につき、勇次郎死亡当時小学生であったので、叔父岡崎千代松に手間賃を払って耕作させ、中学校を卒業した昭和三七年ころから耕作して農業を行い、また昭和四三年一月二七日に耕作して農業を行っていた。

(三)  功は、勇次郎の死亡時に本件土地の登記簿を調査するなどして本件土地の登記簿上の所有名義人が誰であるかを確認していない。

以上によれば、功は、勇次郎の死亡した昭和三三年一月二七日及び昭和四三年一月二七日に本件土地を耕作して占有していたことは認められる。しかし、登記簿は前主が権利者としての外観を有するか否かを調査する資料としては比較的簡単に入手できる重要な一資料であるところ、前(三)で認定の事実によれば、功は、勇次郎からの占有を取得する際に前占有者の権利者としての外観を信頼するについて一般的に要求される調査を尽くしたとは言えず、時効取得者が占有を取得する際に一般的に要求される注意義務を尽くしたとは言えない。したがって、功は本件土地につき自己の所有であると認識したことにつき無過失であったとまではいえない。

したがって、功が一〇年の時効により本件土地の所有権を取得したという点についての原告の主張は理由がない。

2. 次に、証拠(甲三の一、二、甲五の一ないし一〇、証人岡崎功、原告本人)によれば以下の事実が認められる。

(一)  昭和四七年一〇月二二日、功は金成に本件土地を九〇万円で売った。

(二)  昭和五一年一〇月二五日、金成は死亡し、原告が本件土地を単独で相続し、昭和五三年一月二七日、原告は本件土地を耕作して占有していた。

以上認定の事実に、前認定のとおり功は昭和三三年一月二七日に本件土地を占有していたことを総合すると、原告は功の占有及び金成の占有を承継し、平穏、公然に二〇年間本件土地を占有していたことが認められる。

3. そこで、被告は功の占有の性質は他主占有であると主張するのでこの点について判断する。

証拠(甲七の一ないし六、証人岡崎功、被告代表者本人)によれば、本件土地は戦前被告会社が勇次郎に賃貸して、被告会社の従業員の食料にするために小作をさせていたこと、昭和三六年度から昭和四一年度の本件土地についての固定資産税の徴税令書兼領収書の宛名が松葉商会代納岡崎功名義となっていることが認められ、また、功自身、本件土地が農地解放の対象となるものであったこと即ち第三者から勇次郎が本件土地を賃借していたことがある旨の近親者からの説明を受けていたことを認める供述をしていることを総合すれば、勇次郎の本件土地についての占有は他主占有であったと認めるのが相当であり、したがって、功が勇次郎から承継した占有の性質は他主占有であったというべきである。

以上より、功が勇次郎から承継した占有を基礎とする原告の時効取得の主張は理由がない。

二、功固有の占有の性質について

原告は、功は勇次郎の死亡を契機にして民法一八五条の新権原により自主占有を始めたものであると主張するのでこの点について判断する。

1. 証拠(甲六ないし甲九、証人岡崎功、原告本人、被告代表者本人、弁論の全趣旨)によれば以下の事実が認められる。

(一)  功は、勇次郎死亡後、昭和四七年一〇月に本件土地を金成に売却するまでの間、本件土地を耕作して農業を行ってその収益を独占し、被告会社に対して賃料などを支払うことはなかったし、被告会社から賃料の支払などの請求を受けたこともなかった。

(二)  功は、昭和四七年一月ころ、昭和三六年度から昭和四七年度までの本件土地の固定資産税を支払った。

(三)  泉崎村からの固定資産税の支払通知書の所有名義人は功となっていたのに、徴税令書兼領収書の宛名が「松葉商会代納岡崎功」となっていたので、功は右の事情を泉崎村に問い合わせたが詳細は不明であった。また、勇次郎の後妻にこの間の事情を聞いたところ、本件土地は農地解放の時に解放手続がもれたとのことであった。

(四)  昭和四七年一〇月二二日、功は金成に対し自己の所有地として本件土地及び諏訪清水の土地を売却した。

(五)  原告は、金成の死亡後平成元年度分までの本件土地の固定資産税を自己の名義で支払っており、また金成の死亡後本件土地を耕作して農業を行い、その収益を独占してきた。

(六)  昭和五五年五月二一日、原告は福島県白河農地事務所長に対し、自己の所有地として本件土地の一部を売った。

(七)  被告会社は、被告会社名義の本件土地につき勇次郎の子孫などが耕作して使用していることを知りながら、勇次郎が死亡した昭和三三年前後ころから早くとも昭和五五年ころまでの間、功、金成及び原告に対し、本件土地の明渡しや賃料の支払を求めることはなかったし、原告が福島県白河農地事務所長に対し本件土地の一部を原告の所有地として売却して代金を受領していることにつき、これを知りながら、少なくとも原告に対して、自己に所有権があることを前提とする請求をしなかった。

以上認定の事実を総合すると、勇次郎の子功は、本件土地は勇次郎が農地解放を受けてその所有権を取得したものであり、同人の死亡により相続人である自己がその所有権を取得したと認識して勇次郎死亡後本件土地を耕作して使用、収益し、その固定資産税を支払い、自己の土地として本件土地を金成に売却してその売却代金を受領したのであり、功は相続を契機に新たに本件土地を事実上支配することによって占有を開始し、同人の右占有には所有の意思があるとみられるときに当たると認めるのが相当である。

2.(一) これに対して、証拠(甲二の一、二、甲三の一、原告本人、弁論の全趣旨)によれば以下の事実を認めることができる。

(1) 功は、諏訪清水の土地につき、昭和四二年九月二七日付けで相続を原因として所有権移転登記をし、また功から金成に昭和四八年一月一六日付けで、昭和四八年一月八日付け売買を原因として所有権移転登記がなされていること及び諏訪清水の土地の現況は田であることが認められ、これによれば、昭和四八年一月ころ、功から金成への諏訪清水の土地についての所有権移転につき農地法三条の許可を得ていたことが推認されるが、本件土地については、功はその名義の所有権移転登記をしていないし、功から金成への所有権移転についての農地法の許可手続及び所有権移転登記手続はなされていない。

(2) 功は金成に対し、本件土地を売却するに当たり本件土地は「合名会社松葉商店名義なるも私の長年月の耕作権ですので、もし貴殿に売渡して故障等申出る者が有りましたら私が一切を引受けて貴殿には少しも御迷惑はおかけ致しません」という内容の文書を差し入れている。

(二) 右に認定した事実は、一見、功ひいては金成、原告が本件土地につき所有の意思を有していなかったのではないかとの疑義を抱かせる事情であると考えられる。

(1) そこでまず前項(1)の点について検討する。

功としては、被告会社との間で手続を取らなければ自己名義の所有権移転登記ができなかったと考えられるところ、証拠(甲一の一、二、甲四)によれば、平成二年五月に被告名義の所有権保存登記がなされる以前は、本件土地の登記簿には表題部に被告会社名が記入されていたにすぎないことが推認され、したがって被告会社の所在は登記簿上からは不明であり、また証拠(被告代表者本人、弁論の全趣旨)によれば被告会社は昭和三四年に解散の登記をして以後平成二年二月に会社存続の登記をするまでの間その実体を有していなかったものと認められ、以上の事実によれば功が本件土地につき自己名義に所有権移転登記手続を取るのは事実上極めて困難な状況であったと推認される。

また、功から金成への本件土地の所有権移転についての農地法の許可手続についても、功らからすれば、所有名義を被告会社から功にした上で、功と金成が共同で許可申請手続をなすのでなければ、功から金成への農地法の許可に基づく所有権移転登記はできない場合であると考えられるところ、前認定のとおり、被告会社の所在は登記簿上からは不明で、また功から金成へ本件土地が売買された昭和四七年ころ、被告会社はその実体を有していなかったことからすれば、功らとしては右手続を取ることが事実上極めて困難な状況であったと推認される。

以上によれば、功が本件土地について自己名義の所有権移転登記をしておらず、功から金成への所有権移転登記もなされていないこと及び功らにおいて右譲渡について農地法所定の許可申請手続を取っていないことをもって、所有者であるならば当然すべき行為をしなかったとまではいえないと解するのが相当であり、右功らの行為をもって、功に本件土地についての所有の意思がなかったものとまで解することはできない。

(2) 次に前項(2)の点について検討する。

確かに、功が金成に差し入れた文書の文言からすると、功は本件土地について耕作権すなわち使用権を有するにすぎず、他人の土地を売却するについての担保責任を負うことを約したかのように見える。

しかし、甲三の一の文章全体の趣旨からすると、功は、本件土地は長年自己が耕作してきた自己所有地であることを前提としつつ、前認定のとおり、昭和四七年ころ、本件土地の登記簿の表題部に被告会社名が記入されていたことから、被告会社と金成との間に将来予想される事実上及び法律上の紛争に金成が巻き込まれるのを避け、平穏裡に事を解決するためなされた約定と認めるのが相当であり、この約定をもって、功、金成ひいては原告に本件土地についての所有の意思がなかったものとまで解することはできない。

なお、被告代表者本人尋問の結果中には、原告が、昭和五五年ころ、本件土地などの管理を委任した訴外渡辺千保に対し、本件土地を売却して欲しい旨申し入れたとの供述部分があるが、二項1(六)で認定のとおり、原告は昭和五五年ころ、本件土地の一部を自己の所有地として福島県白河農地事務所長に売却していることに照らせば右供述部分を採用することはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

三、以上の事実によれば、功は、平穏公然と本件土地の自主占有を開始したものであり、右占有開始から二〇年を経過した昭和五三年一月二七日、原告は本件土地の所有権を時効取得したものというべきである。そして、原告は右時効取得をその時効完成時に本件土地の所有者であり登記名義人である被告(甲一の一、二)に主張しうるものであるところ、原告が本訴において右時効取得を援用したことは当裁判所に明らかである。

物件目録

一 所在 西白河郡泉崎村大字関和久字新六

地番 三五番一

地目 田

地積 一五〇四平方メートル

二 所在 西白河郡泉崎村大字関和久字新六

地番 三八番

地目 田

地積 二四〇五平方メートル

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